こんにちは。YSK(@YSK434295)と申します。

今日はしんみりと。クリス・ベノワについて。

彼がこの世を去ったのが2007年6月24日。今年2017年で10年になります。

私の記憶が残っているうちに彼の思い出を書き記しておこうと思います。

最初に知ったのは新日本プロレス。

当時はワイルド・ペガサスと名乗っていました。

正直この時はさほど彼を一所懸命観ていませんでした。
だからインパクトとして記憶に残っているのは、

・BOSJ決勝で大谷選手に見舞った雪崩式ツームストンパイルドライバー
・ジュニアタッグリーグ戦で大谷選手と組んで鬼神の如き強さを見せ優勝
・WCWクルーザー級初代王者決定戦で大谷選手とすごい試合を披露

あれ、大谷選手ばかりですね。
そんな大谷選手も本日2017年6月25日でキャリア25年だそうです。

99年、WCWのマンデーナイトロという月曜生放送番組をスカパーのサムライTVで観るようになりました。

そこにはワイルド・ペガサスから本名のクリス・ベノワに戻し、
ヘビー級相手に、というかヘビー級として戦う彼の姿が。この頃から彼を本気で好きになりました。

00年、エディ・ゲレロディーン・マレンコペリー・サタンと共にWWF(当時)へ電撃移籍。
したらばWWFも観たくなりJスポーツ(当時は違う名前だったような)も契約する事に!

HHHとのWWF王座戦、これは今でも覚えています。素晴らしい試合だった。
HHHも好きになりましたもの。この人の受けの上手さ、懐の深さたるや!みたいな。

01年のレッスルマニア。カート・アングルとシングルマッチを行います。
道場のスパーリングか!と思わせるような序盤のグラウンドの攻防は唸りました。
その後、カートとはアイアンマンマッチなどでも戦います。

そしてスティーブ・オースチンクリス・ジェリコとの三つ巴戦。
雪崩式バックドロップを仕掛けた際に首を負傷してしまい、1年近く欠場してしまいます。
この間、WWFは初の2リーグ制へ突入していきます。

02年SMACKDOWNへ復帰。カートとタッグ組みます。最強タッグじゃん!と心躍りましたよ。
どっちがリーダーかで揉める様は彼の新たな一面を垣間見た気がしてほっこりしました。

03年7月。来日公演で生で観れるとは思わなかったなあ。。

04年1月。
ロイヤルランブルに出場。経緯は忘れてしまいましたが、1番目の登場を言い渡されます。
60分以上、懸命に戦い抜き最後ビッグショーをエプロン際でフロントチョークの体勢のまま、
オーバー・ザ・トップロープで落とし優勝!レッスルマニアでの王座挑戦権を手にします。

その後、HHHの持つ世界王座へのレッスルマニアでの挑戦を表明するのでした。

そして忘れもしない2004年、レッスルマニア20。マジソン・スクエア・ガーデン。

あそこまでプロレスの試合で号泣したのは初めてでした。新日本道場出身のレスラーが世界を獲った瞬間でした。

05年。
この年は盟友であるエディ・ゲレロとの別れがありました。
追悼番組で泣きじゃくっていた彼の顔は今でも忘れられません。

同年の来日公演で2人を観れたのも本当にいい思い出です。

06年。
エディを失ってしまった彼をどうしても間近で応援したくて2月の来日公演に行きました。

この年の春先あたりか。負傷とかではなく数ヶ月欠場します。
きっと長年のダメージの蓄積と精神的にまいっていたんじゃないのかな、、と振り返って思います。

結果的にこれが私が彼を生で観た最後となりました。

07年。
日本でもお馴染みなのかな。MVPとがっつり抗争します。
だからMVPが新日本に登場しベノワのクロスフェイスに似た技を披露した時には、
もう泣きそうになりましたよ、マジで。

この年かな。WWEはRAWとSMACKDOWNとECWという3リーグ制に突入します。
6月。ベノワはその新生ECWのメンバーになります。

初代ECW王座決定トーナメントに組み込まれます。

そして6月24日。
WWEはPPVを開催していてその大会の中にECW王座決定トーナメント決勝戦として、
クリス・ベノワCMパンクが予定されていましたが、ベノワは急遽欠場となったのでした。

時差の関係で翌25日だったか。ベノワ死去のニュースを知り、呆然としました。
その後報道される数々の心無いゴシップに心を揺さぶられました。
未だにその時のゴシップを信じている人もいると思います。
そういう人はどうか彼のウィキペディアを見てください。
事実は同じですが、真相はゴシップのそれとは異なるはずです。

私が得た情報を少しだけ。
死後、彼の脳を元WWEでハーバード大卒のクリス・ノウィンスキーという選手が、
当時起ち上げていた機関にて調査をし、長年の酷使、ダメージの蓄積による脳損傷が原因だと発表したそうです。
80代のアルツハイマー患者の脳に酷似していたとの見解も述べられたそうです。
薬物の検出は当然なかったそうです。

ちなみにこのノウィンスキーも現役時代に脳震盪を起こし、
その後遺症で日常生活に支障をきたし、引退を余儀なくされており、
スポーツ選手の脳震盪や脳損傷に対しての研究や保護などの会社を起ち上げたのだそうです。
その会社が結果的にベノワの事件の直接的原因というか真相を発表してくれました。

最後に。
真相が異なっていたからといって、彼のやった事が許されるわけではない事はわかっています。
ただ「どうせステロイドだろ?」みたいに簡単に片付けてほしくなかっただけです。
海外のレスラーが早死にする原因をすぐステロイドに結びつける人、結構周りに多いものですから。

また、ゴシップを真に受けてプロレスというジャンルそのものや、
プロレスラーの方々を否定してしまうような事だけは、どうかありませんように。
これは本件以外でも切に願うばかりです。

 

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