こんにちは。YSK(@YSK434295)です。
自己紹介や趣味などはこちらにまとめてあります
よろしければご覧くださいませ。

では本文に入ります。

好きなレスラーについて語るシリーズ第4弾!

今回はミズ(The Miz)です!
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

■はじめに

本名はMichael Gregory Mizanin※ウィキペディアより引用
デビュー時は本名のまま、マイク・ミザニンと名乗っていました。

1980年10月8日生まれ※ウィキペディアより引用
2017年現在で37歳。現在、WWEで活躍中。

オハイオ州クリーブランド出身。
※ウィキペディアによると実際は近隣のパルマという街だそうです。
※ちなみに第3弾の記事で取り上げたドルフ・ジグラーと同い年の同郷です。

現在は奥様のマリースと一緒にLAに住んでいるようです。

ジグラーと同じ2004年にWWEと契約。
使い古された表現かもしれませんが、
彼もジグラーと同じく「WWE生え抜き」という事になりますね。

彼は04年に契約する前は俳優でした。
アメリカのケーブルテレビチャンネルのMTVで放送していた
リアリティ番組などに出演していたそうです。

つまりはいわゆる何のバックボーンも持たない素人だったようです。
後述しますが、私は彼の素人時代から観ています。

そんな彼がレスラーとしてデビューしキャリアを積み重ね、
トップの座を勝ち取り10年以上に渡ってWWEに出続けている。

彼は基本的に憎まれ役(ヒール)を買って出る事が多いのですが、
こんなサクセスストーリーを見せられたら彼の事が嫌いになるはずがありません。

個人的な願いとしてはWWEに残ってほしいです。
そして現場を仕切るような立場にジグラーと一緒になってほしいです。

■第1章:100万ドルタフイナフ(2004)※WWE契約前

2001年くらいでしょうか。
タフイナフ(Tough Enough)という番組が始まりました。

レスラーを志す若者達が厳しい訓練を積み、
最終的に残った何人かがWWEと契約する、という趣旨のものです。

第1弾と第2弾はWWEの番組内で行われたわけではなかったので、
番組の合間合間にダイジェストが流れる程度で、
あるタイミングで優勝者を知る、みたいな感覚でした。

その第3弾として04年に行われた「100万ドルタフイナフ」
これはWWEの番組内で毎週のように行われる、というもので、
優勝者には100万ドルを!という謳い文句で始まりました。

この中には後のライバック(17年現在退団)であるライアン・リーブスや、
ちょっとグロい風貌でお馴染みだったブギーマンなどがいました。

その中に元俳優、という触れ込みでやたら線の細い、
見た目もどこかチャラそうな若者がいました。

そう、これがマイク・ミザニン。後のミズなのでした。

この100万ドルタフイナフに優勝するのはMMA経験者でもあり、
後に新日本プロレスでも中邑真輔選手とタッグリーグに出場するなどした、
ダニエル・ピューダーという選手ですが、ほどなくしてWWEを退団してしまいます。

このタフイナフでは毎週のように候補者が脱落していくのですが、
ミザニンは残り続けました。それだけでなく毎週のように見る見る体が大きくなっていきました。
そして元俳優らしく、スピーチなどのトークスキルは群を抜いていました。

レスラーとしての体格、技術はまだまだでしたが、
表現力を既に彼は身に付けていたように思えました。

そして最終選考でピューダーミザニンが残り、決勝でピューダーに負けてしまいます。

「あーミザニンと契約してくれないかなー」なんて思っていました。
そう、このタフイナフが終わる頃には私は彼を好きになってしまっていたのです。

■第2章:後の奥様も参加していたDIVAサーチのMC(2006)

1年半~2年後くらいでしょうか。

DIVA(当時の女子選手や女性所属スターの呼称)に対しても、
新たなスターを発掘するべくDIVAサーチという企画がありました。

基本的にモデルとして活動していたような、
スタイルの良い女性などを中心に集められていた印象でした。

ちなみに参加者の中には新日本プロレスにも上がっていたマリア・ケネリスもいます。

2006年に行われていた同企画のMCという位置づけで、
彼は再びWWEの番組に帰ってきます。

当時まだマイク・ミザニンだったか、既にミズと名乗っていたか。
この記憶は私にはありません。

さすがテレビ慣れしているといった印象でよく盛り上げていましたよ。
だって毎週世界中に放送される番組内でコーナーを任されるのですから。
凄いことですよね。

ちなみにこの時に現在の奥様であるマリースが参加者の中にいました。

マリースは長身で足が長く、ストレートの長い腰までのびる金髪がとてもキレイで、
私は羨望の眼差しで観ていました。変な意味ではなく「カッコ良いな」と。

彼女は元モデルでしたがプロレスのリングセンスというか、
動きが抜群でDIVA王座にも輝いた事もあります。

AJリーが更新するまではDIVA王座の最長保持日数記録者だったはずです。

■第3章:試合デビュー(2006)

2006年9月1日。
当時参戦していたベテランのタタンカを相手に、
遂に試合デビューを果たします!

(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

試合スタイルは至ってオーソドックススタイルという感じで、
いわゆる大技、飛び技の類は滅多に使いません。

元々持ち合わせていたであろう”間”だったり、
細かいヒール的なムーブを軸にじっくり組み立てていくようなスタイルだと思います。

中邑選手の新著にもありましたが、(※ちなみにこちらがその新著!)

トーク部分が強調されがちですが試合の技術もしっかり持っていると思います。
著書内にもありましたし一般社会でも言えると思いますが、
使われ続けるのには必ず何がしかの理由があるものです。

でなければ2017年現在に至るまで毎週のように出続けるなんて不可能です。
この間にも出ては消えていった選手はたくさんいるわけですから。

翌07年には当時存在していた第3のブランドであるECW(オリジナルは00年に崩壊)に移籍します。
そこで盟友とも呼べる選手と出会います。

■第4章:モリソンとのコンビ(2007-2009)

ミズを語る上で、やはりこの男の存在は避けては通れないのではないでしょうか。

ジョン・モリソン、本名ジョン・ヘニガン(John Randall Hennigan)
1979年10月3日生まれ。ミズより1歳年上ですね。※ウィキペディアより
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

彼も実はタフイナフ出身ですが、ミズよりも1個前のシーズンでした。
WWEの放送外だったので私はダイジェスト等でしか観れませんでした。

ちなみにこの時モリソンと一緒にタフイナフを優勝したメリーナという女性は、
後にモリソンジョーイ・マーキュリーという選手と3人で、
05年にMNMというチームを組みます。しかも当時はモリソンメリーナは恋人同士だったそうです。

この頃はジョニー・ナイトロと名乗っていました。
最初、元WCWエグゼクティブで当時RAWのGM(役柄)をやっていた、
エリック・ビショフの付き人的な感じで04年にWWEのTVに登場します。

なぜナイトロかは・・・察してください(笑)

付き人ポジションも、後のMNMもなくなりシングルプレイヤーとして再デビューみたいな感じで、
07年6月にECW王座の初代王者となり以降はジョン・モリソンと名乗るようになったのでした。

元々、パルクールというスポーツをやっていた事もあり、
身体能力が当時群を抜いてた彼は、同年末頃にミズとタッグを組みます。

08年頃にダート・シートという、
現在のミズTVにつながるようなトークコーナーをECWの番組内で2人でやりだします。
これがウケていたようで当時WWEのホームページ上や番組内で話題になっていたのを覚えています。

このチームでタッグ王座も獲得しました。
ウィキペディアによると同年末のスラミー賞では、
ベストタッグチーム賞と前述のトークコーナーのおかげで企画賞を受賞しています。

その後、09年にこのチームはドラフトで出演番組がバラバラになった事で解散。

両者共シングルプレイヤーの道を本格的に歩んでいく事になります。
ミズはこの年にUS王座を獲得します。おそらく自身初のシングル王座だと思います。

かたやモリソンUS王座と同格の位置づけであるIC王座を獲得。

次代はこの2人か!?という08年~09年だったと思います。

ちなみにモリソンはその後2011年にWWEを退団。
俳優活動と並行して今でもプロレスは続けており、
ルチャアンダーグラウンドGFW(旧TNA、インパクトレスリング)などに出場しています。

また彼等は今でも交流があるみたいで、
度々ミズのSNSにプライベートで一緒にいる写真があがっています。
そこにはドルフ・ジグラーザック・ライダーCODYもいたりします。

彼等はざっくり言うとWWEデビュー時期や、いわゆるブレイク時期も重なり、
年齢もミズモリソンジグラーが同年代、CODYザックが同年代と近い関係で。

06年頃~12年頃の間、当時はまだNXTも現在のようではなく、
比較してしまうと人材も豊富ではない中、懸命に連日激しい試合をしていました。

私見ですが次々と押し寄せる新しい波に飲み込まれそうになりながら、
必死にもがいて戦い抜く者、新しい戦場を求め去っていく者と、
道は違えてしまいましたが、ちゃんと繋がっているんだな~と思うと嬉しくなります。

■第5章:旧NXT開始~ダニエル・ブライアンを指導、Mr.MITB~オートンを破りWWE王座戴冠(2010)

ミズにとって、というより私にとってのミズの2010年は、
当時リアルタイムで観ていても後から振り返っても、
とても印象深い1年だったと思います。

まずビッグショーとのタッグ「ザ・ショーミズ」※多分ショービズにかけてる
タッグ王座を獲得します。

モリソンとのタッグ、今回のビッグショーとのタッグ。
当然キャリアの差があるので両者を比べるのはおかしいとは思いますが、
ミズはパートナーの良さをも引き出すという名バイプレイヤーとしての側面もあると思います。

また3月頃にNXTというシリーズが始まりました。
これはAJリーについて語った記事内で少し触れていますが、
2012年から始動したNXTではなくその前に放送していた、いわば旧NXTのほうです。
立ち位置としては当記事冒頭で触れたタフイナフDIVAサーチに近いでしょう。

この時の出演者8人はシリーズ終了後、NEXUS(ネクサス)として、
WWEに参戦し若手の無法者集団という感じであらゆる試合、
バックステージでさえも8人がかりで選手に襲いかかっていました。
当時はかなり衝撃的でした。(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

この8人の中にはブライアン・ダニエルソンアメリカン・ドラゴンの名で、
インディーシーンなどで超有名だったダニエル・ブライアンもいました。
CMパンクに次ぐインディーの大物、という感じで当時はかなり話題になったと思います。

また、旧NXTでは出演者全てに「プロ」が付いて指導していく、というスタンスでした。
このプロというのは当時WWEで試合をしていた選手達の事です。

ミズもプロに選ばれました。
誰のプロか?なんとダニエル・ブライアンです。

ブライアンに指導なんて要るのか!?
しかもミズ!?WHY!!??という思いで皆さんは観ていたのではないでしょうか。

※ちなみに私にはミズのほうが輝いて見えてしまっていました。

旧NXT第1シーズンが終わり出演者8人もNEXUSとしてデビューしました。
ミズWWEでの戦いの中、US王座を獲得します。

そして旧NXT第2シーズンでもアレックス・ライリーという選手のプロを任されました。
ライリーは潜在能力を買われたか、後にWWEデビューを果たしミズの付き人的なポジションに就きます。
ちなみにこの第2シーズンで優勝したのはカヴァル(=ロウ・キー)
この時の出演者の中には現在のトップヒールでもあるブレイ・ワイアットもいました。

7月に行われたPPVマネー・イン・ザ・バンクにて、MITBを手にする事に成功します。
MITBについて知りたい方は過去に書いたこちらの記事を御覧ください!

そしてこのMITBキャッシュインをする時のチャンピオンが、、、
なんとあのランディ・オートン
記録を調べたら2010年11月22日のRAW
前日のPPVと同様、NEXUSのリーダーであるウェイド・バレットとの防衛戦後。
公式動画あったので良かったらご覧ください。(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

おもしろいのは会場のお客様の表情ですね。
オートンの勝利を信じて疑わなかったのでしょうね。
感情がどこへやら、、、というお子様がちょくちょく映ります。
本気で応援しているんですよね。いいですよねこういうの。

中でも3分35秒頃。とびっきりの表情をする女の子がいて、
年末のスラミー賞で「ファンのリアクション賞」という、
この子の為に作られたような賞までできるほどで。

この子は「Angry Miz Girl」と呼ばれ暫く話題になりました。
オートンのファンだったろうから本当はミズガールじゃないのですが(笑)

ちなみにその受賞の時の動画がこちら。(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

少し遡りますがこの年の8月の日本公演に、
ミズMITBを持って来日しました。私も観戦しましたよ。

今は2017年ですから7年も前なのですね~。
この子は今でもWWEを観てくれているのでしょうか。

最高王座を巻くという事。
それはWWEにおいては会社の広告塔の旗頭であるという事。いわゆる会社の顔ですよね。
しかしそれは対外的にイメージも良いベビーフェイスが王者の時が多いみたいです。

わかりやすい例でいうと、
ヒールのチャンピオンやアンダーテイカーなどは、
王者になっても対外的なイベントには駆り出されないようですね。

あとはどんな質問をされても、頭の回転をとめることなく、
会社の事を考えて的確に応えられるような人でないといけないようで、
そういう意味でもジョン・シナは十分すぎるほどその役割をこなしていました。

ミズはヒールでしたが、王者になって以降、対外的なイベントにも数多く出演しているようでした。
それはきっと彼の人柄。頭の回転の良さ等が認められていたのではないでしょうか。

■第6章:チャンピオンとしてレッスルマニアのメインを飾る(2011)

2011年。
WWE王者のままレッスルマニアに出場します。
しかも相手はジョン・シナでメインイベントです。

後にも先にも彼等の世代で同大会のメインを飾った選手はいないので、
これは快挙と言っていいのではと思います。

この試合もミズは見事防衛を果たし、
チャンピオンとしてレッスルマニアを終える事ができたのです。

この試合のゲストレフェリーはロック
つまりはこの試合をきっかけに来年の同大会でのシナVSロック
というストーリーが展開されていくのです。

うがった見方をしてしまえば、
この2011年、他の選手は何をどう頑張っても2012年レッスルマニアのメインは取れないのです。
私自身、そんな歪んだ心持ちでこの年のWWEを観てしまっていました。

ちなみに2011年はトップ選手であったエッジの引退。
そしてCMパンクのパイプボムからのブレイクなどがあった年です。

更にうがった見方をしてしまうと、
パートタイマーイヤーの始まりといいますか。
前述のロックが年末時期に出場してきたり、
パンクWWE王座戦線ケビン・ナッシュHHHが絡んできたりなど、
継続してコツコツ頑張ってきた選手達がビッグマッチ時期になると、
パートタイマーに見せ場を奪われてしまうような。
そんな風に私自身がWWEを観てしまっていました。

■第7章:映画出演しながらの戦い、結婚(2012-2015)

さて。だいぶまとめてしまいましたが。。

この2012年頃から番組に出なくなる時期がちょくちょく増えるようになります。

なぜか?公に伝えられているのは映画出演です。

そんな中でも2012年は
パンクの持つWWE王座への挑戦や、自身初のIC王座戴冠。
ミステリオコーディ相手にIC王座防衛を果たすなどの活躍を見せます。

2013年の出来事としては、
1月頃にセザーロUS王座をめぐる戦いを繰り広げる中、
リック・フレアーからフィギュアフォーレッグロック(足四の字固め)
の使用を認めてもらう、というストーリーがありました。
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

この時、ファン時代に戻ったかのような表情のミズが印象的です。
今でもミズは試合の中、フィギュアフォーを大切に使っていますよ。

レッスルマニアでは2度目となるIC王座戴冠を果たします。

またプライベートでは、
元DIVAのマリースと婚約をした年でもありました。

2014年頃からでしょうか。
映画出演を経てハリウッドスター気取りの感じになり、
自身の事を「A-Lister」(A級のスターみたいな意味?)と言い始め、
より一層鼻につくような言動をするようになります。

一流映画スターといえば専属スタントマン!
という事で当時若手だったダミアン・サンドウという選手を、
「スタントダブル」と呼び、こき使うようになっていきました。
・・・懐かしい。

振り返ると、この時に自身のポジションを確固たるものにした!
そういう自信に満ち溢れるようになっていった気がします。

そのキャラのまま、7月~9月頃にかけてジグラーIC王座戦線を盛り上げます。
3年前だというのにミズジグラーも若い・・・
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

余談ですがサンドウはスタントダブルという事で、
しぐさや動きをミズに寄せるようになっていき、
挙句、ダミアン・ミズドウと名を変えだんだんと調子に乗っていく。
そしてブレイクする、という出来事がありました。

~余談~

このようにミズと絡むとおいしくなる、みたいになるんですよね。
※対極にいる選手には無条件で歓声が送られ、
ミズはイジられるというか、イジらせるというか、
お客様がブーイングしたくなるからです。

ミズにしかできない選手の育て方なのではないでしょうか。

~余談終わり~

またプライベートでは婚約していたマリースと結婚します。

2015年。

前述のダミアン・ミズドウに対して、
気に食わなくなっていったのか、抗争をしていく事になります。

その後、ミズの映画撮影による欠場を機にこのストーリーは終わったと思います。

おそらくですが、対外活動をメインにしていたと思われ、
この年はメインストーリーには絡んでこなかった気がします。

ライバックの持つIC王座への挑戦などはありましたが、
いわゆるNXT世代の躍進に飲まれる事なく、それをよそに静観の構えというか。

また、彼にしか出来ない事があると思います。
WWEの対外イメージを良くする活動といえばいいのでしょうか。
私はそんな気がしています。

じゃあこれはミズにとって後退なのか?
NXT世代に飲み込まれてポジションを失ってしまうのか?

その答えは翌2016年以降にあると思います。

■第8章:同世代との熱い戦いと切り札マリース(2016-)

ジグラーについて語った記事にも書きましたが、
2016年4月のレッスルマニアIC王座ラダーズマッチへ出場します。

IC王座戴冠を果たしたのは、
同じ時代に苦楽をともにしたであろうザック・ライダーでした。

彼のWWEデビューは2006年。その間のシングル王座戴冠は、
2011年のUS王座。そしてデビューから10年後の当年IC王座なのでした。

ちなみにジグラーの章でも述べましたが当試合の出場者は、
王者のオーエンズサミ・ゼインシン・カラというNXT世代と、
ジグラーミズザックスターダスト(現CODY)というNXTを経ていない世代

ミズジグラースターダストIC王座は獲れませんでしたが、
NXT世代の戴冠を阻み(別に彼等を嫌いなわけではありません!)
ザックが獲ったのは日本風に言うと世代闘争、まだまだ譲らないぞ!
みたいな意味合いに受け取ってしまって個人的に嬉しかったものです。

さて。レッスルマニア翌日のRAWにてIC王座戦が組まれました。
王者ザックVS挑戦者ミズ

最前列にはザックのお父様の姿が。
ミズと目が合わさるとすかさずお父様も応戦します。

そこに見慣れた女性が介入してきて、
最前列で観戦していたザックのお父様を挑発し、
ザックを動揺させる事でミズの勝利をアシストします。
これがマリースなのでした。
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

「あーついに切り札のカードを切ったな」
なんて直感したのを覚えています。
これで実に5度目となるIC王座戴冠となるのでした。

冒頭で述べたように、
主観ですがマリースのリングセンスは当時から抜群でした。

なので、このセンスをまた発揮できれば、
ミズの戦力としては十分すぎるほど頼もしいと思いました。

5月のPPVではセザーロを相手にIC王座防衛。

9月にはジグラーとの抗争に入っていきます。
マリースは催涙スプレーを使うなどしてミズをサポートします。
そして組まれたリマッチ。マリースは再度スプレーを使おうとしますが・・・
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

この試合、観てほしいなあ。反則の妙技というか。
マリースのスプレーから始まりレフェリーの死角をつく見事な流れ。
・・・悪い事なんですけども。。あっぱれ!としか言いようがないです。

その後もマリースに介入させジグラー相手にIC王座を防衛し続けます。
諦めきれないジグラーは10月のPPVノーマーシーでリマッチを要求するも、
「お前何度やれば気が済むんだ?俺に勝てないじゃないか。」
ミズジグラーの要求を受けません。

そんな中、ジグラーが負けたら引退を条件にリマッチを受ける事にします。
そんな経緯で組まれた10月PPVでのIC王座戦
ミズジグラーの背水の陣の覚悟に圧され、
彼自身5度目のIC王座戴冠を許すのでした。
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

そして11月のSMACKDOWNの放送。
リマッチが組まれ見事ジグラーからIC王座を奪い返し、6度目の戴冠を果たします。
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

更には12月のPPVにてジグラーのリマッチを退け、抗争は一段落するのですが、
新世代大躍進のこの時代に彼等でストーリーを作り上げ盛り上げ、
PPVでの一騎打ちにまでこぎつけ名勝負を繰り広げるという、
なんとなく勝手に彼等の意地を見せてもらった気持ちになり嬉しかったのを覚えています。
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

■不動のIC王者、そしてオンリーワンの存在へ(2017-)

同世代との戦いであった2016年から、
2017年はいわゆるNXT新世代との戦いに入っていきます。

新世代といっても2013年頃から徐々にWWE昇格を果たし、
既にトップクラスになっている選手達がほとんどです。

その1人であるディーン・アンブローズ
1月早々にIC王座が組まれてしまいます。
そのきっかけとなる出来事が2016年にありました(笑)。
アンブローズの当時カノジョだったインタビュアーのレネ・ヤングに対し、
私生活の挑発をしてしまった後日の事でした。
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

それを受けての1月早々のIC王座戦
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

なんと新年早々大切なIC王座を奪われてしまいます!

そしてロイヤルランブルを経て、
2月のPPVエリミネーション・チェンバー
ここでWWE王座戦へとエントリーするも奪取はなりませんでした。
ちなみにここでWWE王座を獲ったのは自身初戴冠となるブレイ・ワイアットでした。

そしてレッスルマニアシーズンになり、
ジョン・シナとの抗争に入っていきます。
これはWWE Networkで配信されているリアリティ番組と絡めたものとなり、
ミズ&マリースシナ&ニッキー・ベラという試合が組まれます。
レッスルマニア後、シナベラのコスプレをして2人を挑発していたところに、、
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

こうして再びアンブローズとの抗争が始まるのでした。
お気づきの方いるかもしれませんがレネをカノジョと前述しましたが、
このタイミングでアンブローズの薬指に指輪が。つまりは2人は結婚したのでした!

そして6月PPVのエクストリームルールズにて、
反則裁定でも王座移動となるルールが付加されリマッチが組まれます。
マリースと共にレフェリーを巧みに利用し、自身7度目のIC王座戴冠となるのでした。
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

その後、アンブローズはこのようにミズを付け回し、
あの手この手でミズをおちょくり・・・いや、挑発していきます。
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

アンブローズのせいで壊れそうになったマリースとの関係を修復すべく、
そしてアンブローズに一泡ふかせるべく、ミズはとある2人を子分として招き入れます。
映画「アントラージュ」になぞらえて彼等を「ミズトラージュ」と称します。
ちなみにこの2人というのが・・・

カーティス・アクセル(カート・ヘニングのご子息)
ボー・ダラス(マイク・ロトンドのご子息、ブレイ・ワイアットの弟)
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

です。

彼等は実力派ではありましたが、なかなかTV番組への出場機会がなく、
ここへきて大チャンスを得ることができました。

出番?たかがミズの子分じゃん?とお思いの方!甘い(笑)!

ミズと一緒に出る、イコールそれは毎週必ずTVに出るという事。
更にPPVでもなにがしかの出番が必ずあるという事。
アメリカで最も長く続いているゴールデンタイムの生放送、
全世界が観ると言われるRAWという番組に毎週出るという事なのです。
これは凄い事で、出れる人より出れない人のほうが多いのですからね。

話が逸れました。

このミズトラージュ、子分と言えど実力はかなりのもの。
その後、ジェフ・ハーディなど数々の挑戦者を退けていき、
9月頃でしょうか。マリースが妊娠を発表し番組から離脱する事になります。

アンブローズはというと、
ミズトラージュにちょっかいを出された元相棒のセス・ロリンズと共闘ムードになるも、
昔の因縁から互いに素直になれないでイライラしていたところ、
バックステージでタッグ王者だったシェイマス&セザーロにからかわれた事で、
タッグ王座戦線へと移っていき、セスと仲直りしてタッグ王者へと輝いています。

ミズに戻しましょう。
10月のPPVノーマーシーにて。
ジョン・シナとの歴史的一戦を制し名実共にWWEのトップとなったであろう、
ロマン・レインズを翌日のRAWでのトークコーナーMiz TVに呼び出し挑発することで、
なんとレインズとの試合が組まれる事になります。

しかし、ここでもミズレインズ相手に真っ向から引けを取らない、とはいきませんが、
彼自身が培ってきたキャリアでもってレインズと渡り合っていくのです。

そして前述したシェイマス達と3人、
更にミズトラージュも一緒になってレインズを蹂躙します。

そして完全に勝った気になっているミズ達の元へレインズが・・・
更にはアンブローズセスが両サイドへと・・・
遂にあのSHIELD再結成となるのです!
(引用元:WWE公式youtubeチャンネル)

現時点(2017年10月29日)で一番直近であるPPV、TLCにて一騎打ちが行われるはずでしたが、
レインズがウィルス感染症にかかってしまい欠場になりSHIELDミズ達の試合ではなくなってしまいました。

ここまでが現段階で語れるミズのキャリアとなります。

■最後に

2017年10月29日時点での実績面
・WWE王座 1度戴冠
・IC王座 7度
・US王座 2度
・タッグ王座 6度
・MITB 1度
・グランドスラム

※グランドスラムというのは、
最高王座、IC王座、US王座、タッグ王座の全てを戴冠した人に送られる称号で、
2015年以降は下記メンバーしか達成できていない。
・エッジ(引退)
・ダニエル・ブライアン(引退)
・ミズ
・ドルフ・ジグラー
・ディーン・アンブローズ

このように輝かしいキャリアを築いていると共に、
映画やイベント出演など対外的な活動も積極的に行っており、
WWEという大会社からの信頼が厚い事がうかがえると思います。

これは彼がプロレス経験ゼロ、格闘技経験もない時代から、
地道にコツコツと努力を続け、周囲からの尊敬を勝ち取ってきたからなのでしょう。

それはミズをずっと観てきた方ならわかっていただけるはずです。

もし、ミズに対してうがった見方をしている方がまだいらっしゃるなら、
長文ではありますがこの記事を読んでいただき、少しでも彼に対しての偏見をやめて、
正しい目で、ミズというレスラー、人間を見てもらいたいなと切に願います。

冒頭でも、そしてジグラーの章での述べましたが、
私はこの2人に将来的にWWEのバックステージリーダーのような立場になって、
若手を見守って指導していくようなポジションになってもらいたいなと、
個人的なわがままでしかないですが、そう思っています。

以上、最後までお付き合いくださりありがとうございました。

少しでも皆様にミズの魅力が伝われば幸いです。

 

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