こんにちは。YSK(@YSK434295)です。
自己紹介や趣味などはこちらにまとめてあります
よろしければご覧くださいませ。

では本文に入ります。

さて始まりました!好きなレスラーについて語るシリーズ!
・・・気分屋なのでいつまで続けるかわかりませんが(笑)

初回はCODY
(WWE時代はコーディ・ローズ)

■はじめに

本名はCody Garrett Runnels※ウィキペディアより引用
1985年6月30日生まれ※ウィキペディアより引用
2017年現在で32歳とまだ若いですね。
現在、ROHと新日本プロレス、そして世界中の団体で活躍中。

プロレスデビューは2006年5月だそうですね。
ウィキペディアによると同年8月にWWEと契約しているので、
キャリアのほとんどをWWEで過ごしているといっていいでしょうね。

という事はCODYのWWEデビューから観ている私は、
彼のキャリアのほとんどを観てきた事になります。

そんな私が主にWWE時代に彼がどういう風に頑張ってきたか。
TVで観てきた印象を主観と客観を混ぜながら書いていきます。

新日本プロレスからCODYを知った方が少しでも彼に興味を持ってもらえたら幸いです。

それではいきましょう!

彼を語る上でいくつかの「章」にわけていきますね。

■第1章:デビュー、ハードコア・ホーリーとの出会い(2007-2008)

当時の育成団体OVWを経て07年にWWEデビューを飾ります。
デビュー戦の相手はなんとランディ・オートン
期待の高さがうかがえますよね。↓

オートンの入場曲も前のVerなのが時代を感じます。

セコンドにいる人はお父さんです。
そうです。知る人ぞ知るアメリカンドリーム、ダスティ・ローズ
日本ではダスティ・ローデスなんて言われていますね。
ローズのスペルがRhodesなので当時の記者の方がローマ字読みにしちゃったのでしょうか。
正式にはローズのようです。下記はダスティの入場曲。
曲調と風貌、動きからして域でファンキーでなんとも色気のあるオッチャンという感じです。↓

残念ながら2015年に亡くなられてしまいましたが、この方はNXTのプロデューサーも務めていたので、
NXTで育った現在のWWEのトップ選手達のほとんどがお父さんのように慕っていました。
NXT出身でもあるジュース・ロビンソンのナックルもきっとダスティへのリスペクトではないかと。

さて、デビュー後すぐにハードコア・ホーリーという当時のベテランとタッグを組みます。
ちなみにホーリーは2002年にオートンのデビュー戦も務めていますから奇妙な縁ですよね。
このホーリーとのタッグでデビュー早々、タッグ王座を獲得します。

その後、同じ2世レスラーのテッド・ディビアシの度重なる勧誘により、
ホーリー&コーディVSテッド& Xというタッグ王座戦の中、コーディホーリーを裏切ります。
そうテッドXコーディだったのです。こうしてテッドコーディは新タッグ王者となるのでした。

尚、コーディはお父さんの粋な所を受け継いでいるのか。
これまで関わった選手の技を使う事があります。
振り子式パワースラムのようなアラバマスラムと、
トップロープにうつぶせに固定した相手の両足を持ち上げて、
みぞおちをトゥーキックするムーブはおそらくホーリーから受け継いだものと思われます。

続いて次ページはテッドとのタッグ時代及び、デビュー戦の相手を務めた”あの男”とのチームの時代です!

■第2章:レガシー、そしてランディ・オートン(2008-2010)

テッドと組むことになったコーディ
ちなみにこのテッド・ディビアシ。英語表記だとTed DiBiase
これを前述のローデスみたいな感じでデビアスって日本の記者の方が書いちゃったんでしょうか。

そう、テッド・デビアスと言えばピンとくる方多いのでは?
全日本プロレスでスタン・ハンセンとタッグを組むなどしていた、
ミリオンダラーマン、テッド・デビアス。その息子さんです。

だから本名はテッド・ディビアシ・ジュニアなんです。
NOAHファンの方はご存知かもしれませんね。
WWEデビュー前にNOAHに留学生としてツアーにも参加していました。

ちなみにWWEの実況での発音は「ディビアッスィ」みたいな感じ。
だからカタカナ表記、何が正しいのか分からないのでテッドと書きます(笑)

その後、コーディのデビュー戦の相手を務めた、あのランディ・オートンから誘いを受け、
「The Legacy」というユニットを結成します。
レガシーという事で偉大なレスラーを親に持つ彼等が徒党を組んだのです。
コーディはこの頃、線の細さが否めず、3番手的な位置づけに思ってしまっていましたが、
オートンテッドはカッコ良かったですよ。公式動画ではないですがレガシーの入場シーンを↓

オートンの話を少し。
このレガシーオートンが初めてリーダーとなったユニット。
あくまでTVから見えた印象ですが、彼はとにかくテッドコーディをコキ使いました。
それは裏を読めば彼等に経験を積ませるため。育てるためのように見えました。
6人タッグなどでは彼等に戦わせて最後だけ出てくる、あるいは2人だけでは厳しい局面にヘルプに入る。
そんな風に振る舞っている印象を私は受けました。

これは後のコーディがタッグパートナーを得た時の糧となったように思えます。
それは後述できると思います。

このレガシー。私は大好きだったのですが短命でした。
3人の仲間割れ。そしてレッスルマニアでの3WAY戦によりレガシーの幕は閉じたのでした。
でも、今思えば、この3人でレッスルマニアで試合ができたのは素晴らしい事だったんだろうな、とも思います。
公式動画ではないですが、その試合を↓

テッドはWWEを2013年に退団し、どうやらレスラーの仕事はあまりしていないようです。
しかしオートンコーディも若いですね。2017年現在から7年も前ですものね。

この動画内でも出てきますがテッドの時間差ロープワーク。
新日本プロレスファンの方には後藤洋央紀選手が使うムーブとしてお馴染みですね。
きっとテッドがNOAH留学生時代に丸藤正道選手にインスパイアされたものと思われますが。

コーディ、このムーブを継承したようですよね。
だから私はテッドの思いも彼が背負っているように感じてしまってジワ~っと来てしまうのです。

あとは2人でオートンの腕を取ってグルリとやってからボディへ2人でパンチ。
(日本語ヘタ!)このムーブ、実は2017年G1最終戦、IWGPタッグ王座戦にて、
ハングマン・ペイジと一緒にやってるんですよ。よかったら新日本プロレスワールドで見直してみてください。
私はプロレスを観る上でこういう歴史や絆みたいなのを感じれるようなシーンが大好きなんです。

続いて次ページはいよいよシングルプレイヤーとしての時代に突入します。
様々なキャラクターになり、それを無駄にせず自分のモノとして吸収していく様子を感じていただけたらと!

■第3章:DASHINGからの情緒不安定(2010-2011)

レガシー解散後、シングルプレイヤーとなります。
この頃確か当時のDIVAに「現役選手の中でイケメンは誰か」みたいな投票をさせ1位に輝いたコーディ
いつぞや金沢克彦さんが「CODYはWWEの中で一番イケメンだと言われていますからね」
みたいに解説中に仰っていたのは、おそらくこの事だと思われます。

それを逆手に取って「”イケてる男”コーディ」という風に言い出します。
すなわち「“DASHING” Cody Rhodes」と!

番組に出ては数々のイケメン動画を公開し、
試合の入場シーンではモニターの映像がミラーになっていたりと徹底ぶりが凄いと思いました。
世の男はみんなブサイクでモテないんだからみんな俺みたいにDASHINGになろうよ!
みたいなイヤミったらしい感じで個人的にめちゃくちゃハマりました(笑)

・どうせみんな顔がニキビだらけなんだろ?
こうやってクレンジングしてコーディみたいにキレイな顔になろうよ!

・どうせみんな歯の色なんて茶色でヤニだらけなんだろ?
こうやってホワイトニングしてコーディみたいに白い歯になろうよ!

・どうせみんな鼻毛ボーボーだろ?鼻毛ケアしてコーディみたいになろうよ!

みたいな「コーディのイケメン講座」を頼んでもいないのに番組中に流すんです。
公式動画を見つけたのでおひとつどうぞ(笑)↓

この時の爽やかな笑顔は今でも活かされてますよね。

また、この頃、当時「(オーナーに)選ばれし者」というキャラ「The Chosen One」という異名で、
出場していたドリュー・マッキンタイアとタッグ王者にも輝きます。
この2人は同い年で将来性抜群だと思っていたので、結構早く解散してしまったのは残念に思っていました。
ドリューもカッコ良かったんですよ。だからビジュアルも抜群でした。
ただ、当時の私の勝手な印象だとパートナーを立てるコーディと、どこか奥ゆかしいドリューという。。
もっとガツガツしてたら良かったんでしょうか。真相は誰にもわかりません。

公式動画ではないですが、2人の入場シーンを。開始から1:20くらいが該当シーンです。
対戦相手にロウ・キーがいるのも時代を感じます。

しかしせっかくDASHINGだったのに、
レイ・ミステリオの得意技である619によって台無しになってしまいます。
まずは以下の動画を御覧ください↓

これで顔面を破壊されたコーディは顔面プロテクターをして登場するようになります。
そして、どこか精神が歪んでしまったかのような口調になってしまうのです。
こんな俺よりもっと醜いのがお前等だ、これを被れ!と、紙袋を大量に持ってきて、
最前列の男性客の顔にかぶせるという暴挙を番組に出てくる度にやるようになります。
ここまで来るともう病気の域でしょう(笑)。

このように短期間で色々あったコーディですが、会場人気は高かったんですよ。
当時絶対的ベビーフェイスだったミステリオ相手にコーディコールを起こさせましたから。
しかもレッスルマニアという年間最大の舞台で。

あとは、お客が楽しそうに、嬉しそうにイジるんですよね。
それをコーディが見事に切り返すという。信頼関係で成り立つイジりと返し。
これもプロレスなのかな~なんて思ったりしていました。

ちなみに顔面プロテクター姿は実は今の新日本プロレスでの入場時のモニターに少し映るんですよね。
あとはこの時の口調や間の取り方等はこの後や現在の自身にも活かされているように感じます。

この後、自身初のシングル王座であるIC王座戴冠を機にかつての師匠と言っていいオートンと抗争をする前後くらいで、
顔面プロテクターを凶器として使うようになり一騎打ちの時に自ら外して殴ったかなにかで素顔に戻った記憶があります。

こうやって様々なキャラを演じ120%以上の結果を残し、且つベルトも獲る事で、
徐々にシングルプレイヤーとして頭角を現していくのでした。

次のページからはその後、思い返せばWWEでのピークみたいな時期へ突入します!

■第4章:コーディ、トップへ(2011-2014)

この時点で彼のタッグパートナーの変遷を。

ハードコア・ホーリー
テッド・ディビアシ
ドリュー・マッキンタイア
ウェイド・バレット

ホーリーを除けばいずれも当時、次代を担うと思われていたであろう面々。
コーディと組んでいる時の彼等はとてもノビノビと試合をしていたと私には見えました。

そして、この時期にもダミアン・サンドウという若手とタッグを組みます。
このチームで当時、タッグ戦線では無敵だった「Team Hell NO
すなわち、ケインダニエル・ブライアンのコンビを倒します。

このようにコーディは組んだパートナーとほぼ確実にタッグ王座を獲るか、
その時のタッグ王者と絡むほどにまでチームを昇華させていきました。

この前後くらいの入場曲がこちら↓今でも個人的に好きな曲です。

このサンドウコーディを裏切った事でベビーフェイス的立場となり、
2013年頃でしょうか。COOという立場だったHHHのやり方に反発した事で、
解雇を賭けて当時WWE世界王者だったオートンとシングルマッチをやる事になってしまいます。
これも今でも覚えているのですがRKOをクロスローズで切り替えしたのは驚きでした。
かつてデビュー戦の相手だった師匠と時を経てシングルマッチを戦い、
あわや!というところまで追い詰めたのです。その試合のフル動画が公式にありました↓

結果的に負けてしまうのですが、前述した通り、ノンタイトルながら、
かつての師匠が王者の時にシングルマッチを戦えたという事実。
感慨深い思いをコーディをずっと観てきた身として勝手に抱いておりました。
更にはこの頃は既にかつての線の細さは消え、2017年現在の見事なカラダに近いものがありますよね。

こういう師弟関係で節目節目に戦うのって、いいですよね。こういうシチュエーション、好きです。

さて、解雇された形(ストーリー上)となったコーディですが、
ローズ家とWWEの抗争みたいな感じになりお父さんのダスティとお兄さんのゴールダストが出てきます。
そして再雇用を賭けてPPVでコーディ&ゴールダストwithダスティ VS SHIELDという試合が組まれます。

当時、猛威を奮っていた新進気鋭のSHIELDですよ。
セス・ロリンズディーン・アンブローズ、そしてロマン・レインズ

この試合に勝利し契約を勝ち取ったコーディは翌日のテレビ放送(RAW)で、
これまたSHIELDの持つタッグ王座に兄のゴールダストと共に挑戦し見事勝ち取るのです。

その試合のダイジェスト動画が公式にありました↓
※セコンドのアンブローズが乱入するのは反則裁定なしの試合だからです。
セコンドの乱入をレフェリーに見られたら即刻反則裁定が下って試合が終わるのがWWEです。
ここら辺、レフェリーは絶対という古き良き部分をちゃんと残しているのもWWEなんですよ。

またこれはコーディ&ゴールダストの入場シーンの公式動画です↓

自身の曲のイントロ部分と兄の曲のMIXですが兄のほうを基調としているあたり、
パートナーを立てるコーディらしいな、なんて当時は思っていました。

同年代でもあるSHIELDと抗争しながらトップ戦線にも食い込める!そんな風に私は思っていました。

2014年になった辺りでコーディ&ゴールダストは勝てなくなっていきます。
兄のゴールダストがことごとくピンフォールを奪われていく流れの中、
コーディは「俺じゃ兄貴の力になれない、このタッグは終わりだ」とばかりに、
自分は兄と組まずに次々と別の選手をあてがうようになります。
それでも勝てないゴールダスト

そんな中、コーディは「新しいパートナーをもう一度連れてくる」みたいな事を言い残します。

次のページはコーディのWWEキャリアの最後となるでしょう。
そう、スターダスト時代ですね。

■第5章:退団(2014-2016.05)

コーディが連れてきたゴールダストの新パートナー。
それがスターダストの誕生でした。
姿としてはゴールダストを更に奇怪にしたような感じでした。↓

これはきっと今まで積み重ねてきた数々のキャラクターを糧としてきたからこそ。
そんな風に思っていました。実際に過去の数々のキャラクターが例え会社からの指示だったとしても、
彼はそれを自分なりに消化し客の声援を勝ち取ってきました。
サラリーマンに置き換えると上司からの業務指示が例え納得できないものだとしても、
やるしかないじゃないですか。でもそれを100%こなしても当たり前と思われてしまう中で、
常に120%以上の結果を出してきたのがコーディなんじゃないかと、私は思ってきました。

だから、このスターダストもちゃんと見守っていこう!と。

兄とのタッグを解消し兄弟対決の様相を呈してきたところで、
兄であるゴールダストが負傷欠場してしまいます。

そこでスターダストコーディに戻ることなく、そのままシングル戦線へと身を投じていきます。
しかし時は既に2014年末頃~2015年。当時のトップ戦線を思い浮かべてみてください。

SHIELDの3人に加えてワイアット・ファミリー
この記事で私が紹介した2017年現在においてもトップクラスの面々です。

更にはNXTからの昇格組としてケビン・オーエンズ

新しい風が次々とWWEに入って来、彼等がトップ戦線をかき回してしまいます。
その結果、これまで紹介してきたような面々は言葉は悪いですが、端っこに追いやられてしまいます。
出番を失っていってしまったのです。この流れはずっと見ていましたが無情だったなあ。

だって今までずっと応援してて「彼等こそが次代のトップだ」と思っていたのに、
その彼等が、どんどん番組に出なくなっていってしまうのですから。

ただ、それだけ前述のSHIELDワイアットオーエンズらの活躍が凄まじかったのも事実。
2014年は更にはCMパンクが突如退団してしまうなどの出来事もありました。

まさに激動の時期だったのではないでしょうか。

急にシングル戦線に投入されてしまった感の否めないスターダストに、
これだけ濃くて優秀すぎるトップの面々と渡り合うだけの勢いは出せなかったのかもしれません。

この時期は私自身も非常に複雑な思いのまま、無情さを感じながらWWEを観ていました。

そして2016年5月、スターダストことコーディ・ローズはWWEを自主退団したのでした。

しかし、ただでは転ばないのがコーディ
兄とのタッグやスターダスト時代にもいくつかのムーブを自分のものにしているのです。

新日本プロレスなどの試合中に、
側転して頬杖をついてうつぶせに寝転がるムーブ、
そしてロープから返ってきた時にフェイントで膝をついてアッパーカットもしくは、
フェイントで倒れて蹴りを見舞うムーブ。

これらはゴールダストのムーブであり、
それをスターダストとして独自ムーブに昇華させたものなのです。

あとはタッグなどでコーナーで待機中の時に、
エプロンの端から端まで走り回る動きもスターダスト時代にやっていました。

そしてフィニッシュのクロスローズもそもそもは、
ゴールダストのフィニッシュであるファイナルカット。
これをアレンジした形のように思えたりするのです。

ちなみに・・・

・ファイナルカットはブレーンバスターの形からスクリュー
(棚橋選手のツイスト・アンド・シャウトが近いかも。
でも1点違うのはゴールダストは一旦持ち上げてからスクリュー)

・対してクロスローズはリバースDDT(つまりはブレーンバスターの裏の形)
からスクリューするという完全オリジナル。これは凄いなと思いました。

どんなキャラでも、どんな試合でも、
テーマを見出し自分なりの表現方法を見つけてそれを披露して声援を勝ち取る。
そしてパートナーの魅力を最大限に引き出す事ができる。

これが私がコーディに対してずっと抱いてきた印象です。

これで私が観てきた限りの主観と客観が混じったコーディのWWEキャリアの振り返りは終わりです。

次のページからはいよいよ彼が彼の意思で自らの夢を実現させていく旅の模様を、という感じでしょうかね。

■第6章:Restart(2016.05-)

WWEを退団したコーディ

この時、対戦したい相手リストみたいなものも公開していましたよね。

また、何かのインタビュー記事で
「父が昔、世界各地をプロレスしながら回っていた。
今こそそれをやるのが夢なんだ。」みたいな事を語っていた気がします。

昔はテリトリー制でアメリカだったら州ごとに団体があり、
それぞれチャンピオンが存在していました。
そこに当時のNWAチャンピオンが各地を転戦し、そこのチャンピオン相手に戦う。
そうやって各々ステータスを高めあっていたそうです。
コーディのお父さんであるダスティ・ローズはそのNWAチャンピオンでした。

ダスティは前述しましたが2015年に亡くなられました。
コーディ自身も当時WWEでリングアナをやっていたブランディと結婚していました。
そして退団後に自身の左胸に「Dream」とタトゥーを入れました。
※多分退団後だと思いますが何せWWEキャリアの最後はスターダストで、
全身コスチュームだったのでわからず・・・スターダスト前はタトゥーはなかったはずです。

これはお父さんのニックネームである「American Dream」と、
自身のこれからの夢をかけたものなのかなと受け取りました。

私はコーディのTwitterをずっとフォローしているのですが、
試合のスケジュールがひっきりなしに組まれている感じで、
引っ張りだこなんだな~と嬉しく思っていました。

WWE時代には実現できなかった事をこれからやっていくんだろうな~
これで新日本プロレスに上がったりしたらどうなっちゃうんだろうか。

なんて妄想していました。まさかそれが現実となるとは・・・
海外には「Never Say Never」という言葉があるそうです。
本当に何が起きるか、わからないものですよね。

2016年後半でしょうか。
ケニー・オメガBULLET CLUB新メンバーを紹介すると宣言しました。

(コーディだったらいいな~。
いや、コーディ違いでコーディ・ホールの復帰かな?
あるいは、ドリュー・マッキンタイアがいいな)

なんて妄想を膨らませていました。

そして、2016年12月10日。

American NightMare CODY!!
これは嬉しかったなあ。

■第7章:新日本プロレス、ROHへ

2017年1月4日レッスルキングダムへの出場。
相手はジュース・ロビンソン
ジュースが戦前にNXT時代の師匠でもあったダスティ・ローズの事を語っていましたね。
こういうストーリーも私にとっては嬉しかったです。

この試合も素晴らしい試合でした。
この時にジュースの足をロープにひっかけてのDDTを出しましたよね。
これ、実は師匠だったランディ・オートンの得意ムーブなんです。
オートンはセカンドロープに足をかけますけどね。
※形としては邪道選手がやるものとオートンのそれが同型です。

他にも前述してきたハードコア・ホーリーのアラバマスラム。
テッドの時間差ロープワークからのラリアット。
ゴールダストのフェイントムーブからの顔面へのキック。
スターダスト時代の側転からの挑発ムーブ。
そしてオリジナルと言っていいディザスターキック。
フィニッシュのクロスローズ。
更には退団後に使いだしたというサブミッションムーブであるアメリカン・ナイトメア。

私がずっと観てきたコーディの歴史、そして退団後の歴史。
それをCODYとして新日本のリングで披露する。それが観れるだなんて。

とにかく私にとってはこれだけのストーリーが詰まった素晴らしい試合だったのでした。

ここからは主に新日本での戦い模様をざっと。

2月後楽園での新日本+ROH大会。
前述のリストにもあがっていた柴田選手とのコンタクト。
ケニーヤングバックスとの豪華タッグ結成。

5月には同じ2世レスラーのデビッド・フィンレーとのシングル。
フィンレーのお父さんはデイブ・フィンレー
現在WWEの裏方さんとして働いています。
なので元WWEレジェンドを父に持つ2人同士の対決でもあったのです。

そして6月にはマイケル・エルガンとのシングル。
CODYが強い相手をよこせ!と言った矢先のエルガンでしたね。
CODYにとっても申し分ない強敵だったのではないでしょうか。

記憶に新しい7月の新日本LA初進出大会では遂にオカダ選手とのIWGP王座戦。
この時にCODYはROH世界王者でもあったので王者対決という豪華なオプションもありました。

そしてG1ですね。
公式戦参加はなりませんでしたが両国3連戦にはフル参戦。
BULLET CLUBハングマン・ペイジを率いてIWGPタッグ王座戦でした。
皆さんはきっとさほど注目されてなかったかもしれませんが、
私はめちゃくちゃ注目していました。ペイジをどうやってコントロールするのか?
ペイジがもっと評価されるきっかけになればいいな。なんて思っていました。

残念ながら試合後のKESの乱入。そして試合前の柴田選手の登場に挟まれてしまい、
結果的に皆さんの印象には残っていないかもしれませんが、それは人それぞれ。
私の中ではCODYの上手さ、ゲームメイク、ペイジのコントロールなど、観るべき点は多々あったのだから。

そしてG1後にはROH英国大会にてSANADA選手を相手にROH世界王座を防衛しましたね。

彼の今後の目標とする戦場が新日本だろうとROHだろうと、世界だろうと。
はたまたWWEへの再挑戦だろうと、私はCODYをずっと応援してきましたし、これからもするつもりです。

大変長くなってしまいましたが、
私の「好きなレスラー紹介シリーズ」第1弾はこれでオシマイです。
・・・永遠にオシマイかもしれませんが(笑)
こんなに膨らむとは思っていませんでした。。
何人か書きたい人はいるのですが、もっとページが増えそうで怖いです。

でもこういう作業は心底楽しい!

読んでくださりありがとうございました!

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でYSKをフォローしよう!