こんにちは。YSK(@YSK434295)と申します。

好きなレスラーのキャリアについて主観と客観を交えて語るシリーズ第2弾(笑)!

第1弾のCODYに続いて今回はこの方です!!・・・の前に少し前置き。

過去にCMパンクという選手について書いた事があります
私は今でも彼を世界最高峰の選手(=Best In The World)の1人と思っていますが、
今回は私がWWEを2000年~17年現在まで観てきた中で、
最高だと思う女子選手について書こうと思います。

いくつかの章にわけて書いていきますね。

■はじめに

2000年当時は女子選手(女性の登場人物)の事を「Diva」と呼んでいました。
2015年くらいから、彼女らは女子レスラーと自分達の事を呼び、
Twitterプロフィールなども男子と共通で「SuperStar」としています。
この経緯については追々触れていこうかと思います。

改めて今回ご紹介するのはAJ LEE(AJリー)
本名はApril Jeanette Mendez=Brooks※ウィキペディアより引用
1987年3月19日生まれ※ウィキペディアより引用
ブルックスというのはCMパンクの本名(Phillip Jack Brooks)にもあるように、
2017年現在、あのCMパンクの奥様でもあります。

活動期間(※ウィキペディア参照)は2008年8月~2015年3月末。

2009年にWWEと契約します。そして2010年10月(WWEは2011年5月)にTVデビューを果たし、
2015年4月3日、WWEより引退発表があり、以降はプロレスの活動はしていません。
AJ Lee retires from WWE(情報元:WWE.com)

また、その翌日にCMパンクが以下のツイートを、
その2日後に本人が以下のツイートをしております。

意訳するとこんな感じでしょうか。
「ルールに縛られずに、常に戦って。
そうやって貴方達の思うままにやり通すだけの勇気があれば、
どんな夢も叶うから。みんなありがとう」

素人時代から相当のプロレスオタクだったみたいで、
元女子王者で殿堂入りしたリタのサイン会に並び、会えて号泣する姿が動画で残されています。
公式ではないのですがこちらにありました。

すごいですよね。こんな少女が夢を叶えてレスラーになるのですから。

更には2008年ですからWWE前に、TNA(当時名)にて、
今では新日本プロレスROHでお馴染みのジェイ・リーサルの家族、
という設定で客席にいたりしたんです!公式動画ではないですが↓

AJのウィキペディアを見るとジェイ・リーサルがトレーナーとあり、
リーサルAJと同じニュージャージー州出身のようですから、
昔プロレスを教わっていたのかもしれませんね。

更にウィキペディアによると公表身長が5フィート2インチ(155~6cm)、
公表体重が115ポンド(約52kg)と決して大きくない体でトップ戦線に食い込み、
大きな存在となり強烈な存在感を発揮したのですから。

やはり私の中では彼女こそ「Best Diva In The World」だな、と思います。

(注)この記事内での「AJ」は全部彼女の事で、AJスタイルズではありませんw。

■第1章:TV初登場(2010年-)

8月、NXT第3シーズンに初登場します。
※このNXTは2012年に始まったそれとは名前こそ同じですが違うものです。
言うなれば、こちらはTV番組名、2012年に始まったほうは育成団体名です。

2010年から前者の形で始まったNXT。
当時も育成団体は存在しましたがFCWという団体でした。
それが2012年に統合され新生NXTとしてスタート、という感じです。

読み方は「エヌ・エックス・ティー」です。
「ネクスト」じゃありません。

当記事では便宜上、前者を旧NXT、後者をNXTと呼称する事にします。

この旧NXTRAWSMACKDOWNとは別枠で放送され、当時スカパーでも放送されていました。
放送枠としてはECWの枠をそのまま使ったイメージでしょうかね。
毎シーズン、6~8人くらいの新人が毎週様々な企画に挑戦し、
毎週ファン投票で1人ずつ脱落、最終回に残った1人がWWEと契約、という方式でした。
※企画はスピーチ対決、障害物競走、プロレスの試合などなど多岐にわたっていて、
「WWEではプロレスの試合だけうまくてもダメなんだよ」という事なんだなと改めて思いました。

ちょっと昔に素人参加型で同じようなコンセプトのタフ・イナフというものがありました。
この時には元俳優など様々なジャンルの人間がプロレスに挑戦していました。
これをレスラーに絞ったのが旧NXTと言えるのかもしれません。

※ちなみに旧NXT出身者の中にはこんな凄い人達がいます。
(当時の名前で書きますね。全部わかる方は友達になりたいですww)

・第1シーズン
ウェイド・バレット、ヒース・スレイター、ジャスティン・ゲイブリル、
デヴィッド・オタンガ、ダレン・ヤング、スキップ・シェフィールド、マイケル・ターヴァー、
ダニエル・ブライアン
※この8人は第1シーズン終了後、そのままNEXUS(ネクサス)としてWWEデビューを果たします。
あらゆる試合に8人全員で乱入し試合をブチ壊すという、それはそれは無法者集団という感じでした。
当時はかなりセンセーショナルでしたよ。

※第2シーズン以降は全出場者は書き(け)ません。。

・第2シーズン
カヴァル、アレックス・ライリー、タイタス・オニール、
マイケル・マギリカッティ、パーシー・ワトソン、ハスキー・ハリス

・第3シーズン
AJ、ケイトリン、ナオミ、アクサナ

・第4シーズン
ジョニー・カーティス、コナー・オブライエン、デリック・ベイトマン、
ブローダス・クレイ、バイロン・サクストン

・第5シーズン
コナー・オブライエン、ダレン・ヤング、タイタス・オニール、バイロン・サクストン
※第5シーズンの途中からNXTへと移行するような動きがあったのか、
途中から試合だけを放送するような流れになっていったみたいです。

以上です。

引退してしまった人も今もWWEで頑張っている人も、
そして他団体でチャンピオンになっている人も、様々ですよね。

NXTと比べてしまうと霞んでしまいそうな旧NXTですが、
こうやって振り返ると、そうそうたるメンバーを輩出していますよね。

この中で第3シーズンだけ出演者がDIVAのみでした。

この時、番組内の企画でプロレスクイズみたいなものがあったのですが、
必ず勝者はAJでした。それほどプロレス知識が豊富な印象でした。
また試合で使う技も不知火シャイニングウィザード
更にはルチャヘッドシザーズホイップの体勢の回転途中から卍固めに移行する技など、
(後にブラック・ウィドウと命名)日本から取り入れたムーブを数々使うなど、
当時からプロレスの技術に関しても抜きん出ていた印象でした。

このNXTでは1位になれず(1位はケイトリン、2位がナオミ)3位で終わり、
暫くフェードアウトします。当時の育成団体だったFCWに行ったと思われます。
その後、第4シーズンでも確か出てきたように思えます。

こうしてAJのTVデビューは終わったのでした。

第2章はいよいよWWEデビューです!

■第2章:WWEデビュー(2011年-)

5月、親友ケイトリンとタッグチームとしてWWEデビューを果たします。

ケイトリンは当初NXT第3シーズンに参加する予定ではなく、急遽参加する事になりました。
プロレス経験もなかったと思います。当初は身長2mくらいある女性が参加する事になっており、
事前アナウンスでも流れていましたが、いざ番組が始まったら、その枠がケイトリンになっていたのです。
※ゴシップサイトではプライベートの恥ずかしい写真が流出してしまった為、契約がなくなったとありました。

AJと違いしっかりした体格から繰り出されるスピアーは一見の価値がありました。

(注)念のため。特にここから先はあくまでTVショーの中の話である事をご理解ください。
一言で言うなら、みなさんそれぞれで忖度してください(笑)

年末頃に経緯は覚えていないですが、ダニエル・ブライアンに恋をするようになります。

その後、ブライアンが世界王者に戴冠した頃、正式に交際を申し込んだ記憶です。
ブライアン自身も今までモテてこなかった人生なので、急にモテて調子に乗り出します。

試合に際してセコンドとして連れてくるようになり、
特に介入させるわけでもないのですが試合開始時にエプロンにAJを上がらせてキスを要求したり、
試合勝利後にもキスを要求するようにと、いかにもな感じで振る舞うようになります。
AJもそんなブライアンに対して何の疑問も持つ様子なく3歩下がってじゃないですが、
ブライアンにくっついて行動するようになっていた記憶です。

まさに恋は盲目といったところでしょうか。
そんなAJを当然親友であるケイトリンは心配します。

よくあるじゃないですか。
「あんな彼氏やめときなよ」
「アンタに彼のなにがわかるのよ!」みたいな(笑)

AJケイトリンの忠告を聞こうともしませんでした。

第3章はいよいよ、その魔性を開花させ、あらゆる男を翻弄し、
挙句WWEの中心的番組であるRAWのGM職にまでなってしまう2012年へと突入です!

■第3章:才能開花(2012年前半-)

ブライアンビッグショーとのシングルマッチ(王座戦だったかどうかは記憶なし)の最中、
以下のようなアクシデントが起こります。※ブライアンが狙ったようにも見えますが。。
こちらが対象の試合です。(公式より)↓

210cm超、200kg以上の大巨人が155cm、50kg余りの女性とぶつかるのですから、
ビッグショーは罪の意識にさいなまれ、そこをブライアンがまあ攻め立てます。ひどいやつです。

これを機に、だったと記憶していますが、
ブライアンは試合の最中、AJをうまく利用するようになっていきます。

ビッグショーブライアンと後日話し合いの場を持ちますが、
流れの中乱闘になろうとすると、こちら(公式より)↓のようにAJが割って入ってしまいます。

このように組まれた王座戦やシングルマッチをAJを利用して防衛、勝利していき、
年間最大のビッグマッチ、レッスルマニア(以下WM)に王者としてブライアンは出場します。
防衛戦の相手はロイヤルランブル(以下RR)覇者のシェイマス
しかし、ここでも調子に乗るブライアン。試合開始後、AJをエプロンに上がらせキスを要求します。
キス後、振り返るとそこには・・・こちら(公式より)↓を御覧ください。

というように、まさに身から出た錆というか、年間最大の大舞台で18秒殺という、
なんとも言い難い結末を迎えてしまいました。
RR覇者がWMでメインに出れるという謳い文句であったのに、
メインではない試合順でこのような終わり方になる事、
私も当時、正直複雑な気持ちで見ていました。。

そのWM後のSMACKDOWNにて・・・(公式より)↓

ブライアンは全てAJのせいとしてせっかくできた彼女をフッてしまいます。
ひどいやつですね~。

ここで悲劇のヒロインになってしまうかと思いきや・・・
フラレてしまい情緒不安定になるAJは親友ケイトリンに対してもキレてしまいます。
「これは良かった事なの。彼は貴方を愛してないし尊敬もしてないのよ。」
などと諭しますが、、前章でも述べたように、こういう励まし方って逆効果な時、ありますよね(笑)
ビンタ、いってぇ~~~・・・(公式より)↓

たぶんこの時点で2012年4月頃。
だんだんと、AJがおもしろく・・・いや、おかしくなっていってしまいます。

5月~7月くらいにかけてでしょうか。
ブライアンへの腹いせかどうかはわかりませんが、彼の抗争相手であるCMパンクに言い寄るようになります。
「泣き止んで」とパンクが言った直後のAJの、、、もう感情と表情のクセがすごい・・・(公式より)↓

またブライアンパンクとの対戦で有利になるためか、再びAJとヨリを戻そうと考えます。
しかし、、AJももう騙されません。ブライアンパンクの試合でレフェリーを務めること。
そしてこの日の自分の試合の事で頭がいっぱいのようで。
パンクに「私の試合見てくれなかったの!?」と言い寄る時、、もう既にちょっとコワイ・・・(公式より)↓

まさかこの2人が数年後、本当に夫婦になるだなんて。おもしろいですよね~

後日、ブライアン&ケインVSパンク&AJという試合が組まれてしまい、
アクシデントでケインと対峙する事になってしまったAJはなんと・・・(公式より)↓

純情なケイン(笑)

こちらは公式ではないですが、パンクを有利にさせるため、AJはこんな事までしでかします(笑)↓

騙されやすい純情なケイン(笑)
しかし、ここまでケインのコスチュームを完コピしたケースは過去あまりなかったと思います(笑)

こうやって当時のトップスターであった3人を翻弄していくのでした(笑)

というように、AJの奇行というか情緒不安定ぶりは拍車がかかる一方で、
視聴者側としてメチャクチャ面白かったです(笑)

2012年前半としてここで一端区切ります。第4章は2012年後半。
開花した才能を更に輝かせ、トップスター達を翻弄していきます!

■第4章:才能発揮(2012年後半-)

このようにパンクに夢中となっていくAJ
そんな最中、RAWの放送1000回目の記念すべき時に、
何を思ったか、ブライアンは意を決してAJに公開プロポーズを試みます。(公式より)↓

AJはYESと言いますが、
それはプロポーズに対するものではなく違う男からの・・・(公式より)↓

そう、ビンスからのRAW GMへのオファーに対するものだったのでした。チャンチャン(笑)

このように、ブライアンは盛大にフラれてしまいます。
ちょっとかわいそうですが、そもそもは自業自得(笑)

こうしてブライアンYESチャントNOチャントへと変化していきます。
そして同じようにAJに翻弄され情緒不安定になっていたケインと一緒に、
シェルビー先生によるアンガーマネジメントセラピーを受けるようになります。(公式より)↓

そしてセラピー卒業後、タッグを結成しタッグ王座を獲る事になるのです。
そう、これが後のチームHell Noなのでした。

サイドストーリーもおもしろ要素満載です(笑)

AJはGM職をそつなくこなしていくように見えましたが、
情緒不安定なところは治っておらず、随所にそのサイコっぷりをチラつかせます。
そして、遂には当時からトップであったジョン・シナとストーリーを展開していきます。

記憶が曖昧なのですが、確か普通に2人で食事に行ったところを、
GMの座を狙うヴィッキー・ゲレロにパパラッチされスキャンダルとしてでっち上げられます。
そして確かこれでGM職から身を引く形になるのだと思います。(違ってたらごめんなさい)

その最中、行き違いでシナにまで敵意を抱くようになります。
そして当時シナと抗争をしていたドルフ・ジグラーに加担しこれまた巻き込んでいきます。
シナ戦においてジグラーの勝利を導くと共に当時NXTに在籍していたビッグEを連れてきて、
ジグラー、AJ、ビッグEのトリオが結成されます。
この流れの中でジグラーMITB(について書いたブログはこちら!)を獲得します。

このトリオは番組の台風の目的な勢いを発揮するまでになり、
ジグラーは年末ビッグマッチのシナとの一騎打ちに勝利するまでになります。

このようにAJと関わった選手は皆、ストーリーの中心に躍り出るという現象が起き、
AJ自身はブライアン、CMパンク、ケイン、シナ、ジグラーと。
当時のトップ選手や若手の急先鋒的な選手と次々とキスをしていくのです。

私がWWEを2000年から観てきて、ここまでストーリーの中心に踊り出、
数々の男性選手を翻弄していき、年間通して活躍するDIVAは観た事がありません。
あのトリッシュ・ストラタスリタ以上の活躍のように私には見えました。

最後に。2012年12月の出来事。翌年への布石となっていくのでしょう。
もう一度言いますけど感情の振り幅のクセがすごい・・・(公式より)↓

第5章は2013年。いよいよ自身も選手として。
DIVA戦線の中心へと突入しDIVAという位置づけを変えようと奮闘する様を書きます!
そう、実は私はここからWomens Revolutionが始まっていたのではないかと思うのです。

■第5章:史上最高のDIVA王者へ・・・(2013年)

1月。親友のケイトリンが当時のDIVA王者イブ・トーレスを破り、
自身初のDIVA王者へと輝きます。

そしてレッスルマニア
AJ自身は試合の予定はありませんでしたが、
ジグラービッグEチームHell Noの持つタッグ王座へ挑戦という事で、
初のWM出場となります。公式ではないですがとてもステキな動画があったので御覧ください。
AJ、そしてジグラービッグEWM開催地へ赴きWM当日までの行動が描かれています。
映像後半になるにつれてAJジグラーの表情が戦闘モードのように変わっていき、
最後が3人の入場シーンで終わるこの動画は私が今でも大好きなものです。

ジグラーはこのWM翌日、当時王者だったアルベルト・デル・リオの試合後に、
MITB(について書いたブログはこちら!)をキャッシュインします!(公式より)↓

この時の会場の雰囲気はちょっと異常で。
ジグラーへの後押しが尋常じゃなかったです。
デル・リオの試合中でさえもジグラーのキャッシュインを待ち望むチャントが起きていました。
試合に出ている人をちゃんと観てくれないアメリカのお客様の個人的にちょっとイヤな面を垣間見ました。
そしてWWEという会社の厳しくも無情な面も垣間見たような気がしたものです。
でもジグラーに対しての会社とお客様の期待感については素直に嬉しかったというなんとも複雑な日でした。

~余談~

ジグラーにもこういう時があったんですよ。
ドライな言い方をすれば、みんなめぐりめぐってくるものなのでしょう。
もちろん、その波にすら乗れないままの人だっている。無情ですよね。
でも、そういう厳しい世界なんでしょう。そういう中で懸命に命を張っているんですあの人達は。
だから何があろうと応援するまでです。私はね。

~余談終わり~

そして遂に動き出すAJ
ビッグEDIVA王者であるケイトリンにけしかけます。
ケイトリンへのファンからの手紙を預かっていると言いケイトリンをその気にさせます。

そして6月10日。リングへと呼び出します。そこへ現れた手紙の持ち主は・・・(公式より)↓

AJビッグEが仕組んだ芝居だったのです。
打ちひしがれるケイトリン

そして2013年6月16日に行われたビッグマッチにて、
AJは遂に初のDIVA王座戴冠となるのでした。
この日から伝説が始まります。6月16日は私の誕生日でもあるので、なんだか不思議な気分でした。
公式ではないですが当試合のダイジェスト↓私にとっては懐かしい、この時代の名勝負のひとつです。

DIVA王者となったAJ。当然ケイトリンはリマッチを要求してきますよね。
その調印式。今でも忘れない最高に面白い映像です。
例のファンに扮したビッグEとのメールのやり取りをバラし始めるAJにキレるケイトリンの図です。
当時では斬新な、テーブルもろともAJをコーナーに押し込むケイトリン(笑)
ビンタ、いってぇ~~~・・・(公式より)↓

このようにAJDIVA王者として、ケイトリンは親友として、そして最強のライバルとして、
2人でDIVA戦線を盛り上げ毎週の番組内でも必ずこのように盛り上げるポイントを作り出し、
ともすればビッグマッチの試合でも名勝負を繰り広げていきました。

AJは公式のインタビューでもプロレスをやっていきたい、みたいなコメントを出していました。
本来ならば、ここで女子のしっかりとしたプロレスを見せれる土壌が出来上がった。はずでした。

しかし、この夏以降、とあるリアリティ番組の登場によって流れが変わってしまいます。
それはTOTAL DIVAS
試合をしないDIVA達の私生活に密着した形の番組が始まります。
番組の中心は当時ジョン・シナダニエル・ブライアンそれぞれと交際をしていたベラ姉妹でした。

この番組のストーリーがWWE番組内でも持ち込まれる事となり始め、
その同時期くらいにケイトリンの出番が急に減り出してしまいます。
というか、一切登場しなくなってしまいました。
ちなみにケイトリンは12月に結婚を発表する事になります。

そんな最中、AJCMパンクよろしく、パイプ・ボムを番組内で炸裂させます。(公式より)↓

AJはこのままDIVA王座を守り抜き年を越す事になります。
年末にスラミー賞といって、その年に活躍した選手を表するイベントがあり、
最優秀DIVAAJだと誰もが思っていたところ、なんとベラが受賞する事になるのでした。
この時の会場からのブーイングは私も覚えています。だから「誰もが」と書きました。

第6章は2014年。親友最愛の人が同時期に会社を去る事となってしまう中、
WWE NetWorkのサービス開始やNXTからの刺客、TOTAL DIVAS勢との戦いなど。
激しい戦いを一人懸命に続けていく様を書きます。

■第6章:Best Diva In The World(2014年)

1月にケイトリンが退団してしまいます。
ケイトリンのラストマッチの相手はAJでしたが、
放送自体はRAWでもSMACKDOWNでもないものでした。(公式より)↓

最後ステキな終わり方をすると思いきや・・・そこはWWEですね。。容赦ない。

そして忘れもしない1月27日。
CMパンクも突如番組に出ずに会場を後にしてしまうのです。

AJにとって良くない流れがどんどんやってきてしまように個人的に感じてしまいました。

ちなみにこの年の2月にWWEの動画配信サービス、WWE Networkが開始されます。

そんな中、レッスルマニアシーズンがやってきます。
DIVA王者として出場が決まったAJ
この時、GMだったヴィッキー・ゲレロが所属DIVA全員と防衛戦をしなさいと命じます。
王者にとっては不利極まりない条件ですよね。その時の試合に望むAJの動画です。(公式より)↓

この時点でAJDIVA王座の保持日数の記録を打ち立てています。これが295日です。
WM翌日のRAWのリング上にて、かの名台詞が生まれます。
「ニュージャージーの恵まれない少女がBest Diva In The Worldになったのよ」と力強くアピール。
CMパンクの件もあり本人からも会社からも公式発表がないままだったので、
会場からはCMパンクチャントが起きます。その時の動画がこちら。公式ではないですが。↓

その直後、NXTから上がってきたペイジが登場し、AJの偉業を祝福しますが、
自身のトークを邪魔されたAJは面白くなくDIVA王座戦をする形になり、まんまとペイジに獲られてしまい、
無情にも295日間のベルト保持日数記録が途絶えてしまいます。(公式より)↓

その後3ヶ月近く欠場する事になり、その間に交際していたCMパンクと結婚を発表したのだと思います。
欠場明けはペイジと抗争を再開し、タイトルを取り合う形で女子プロレスを盛り上げるべく奮闘し、
ペイジをメインイベンターに育て上げるような役も結果的に担うのでした。

~余談~

ちなみにペイジは2013年にNXT女子王座決定トーナメント決勝戦にてエマともの凄い試合をし、
NXT初代女子王者に輝きます。つい先日ASUKAが返上したあのベルトです。
この戦いが現在エマが番組内でしきりに言っている「私がWomens Revolutionを始めたのよ」発言の元です。

AJペイジが対峙した時には日本でNXT放送がなかったので、このあたりの経緯を知らず、
AJに100%肩入れしていた私はペイジの突如の登場とDIVA王座戴冠は面白くありませんでした。

~余談終わり~

年末頃、ニッキー・ベラDIVA王座を獲られてしまいます。
この試合でか、長年の蓄積か、首の負傷で年明け3月頃まで欠場する事になります。
ちなみにニッキーはその後、AJDIVA王座保持日数記録を塗り替えてしまいます。※301日

このような形でAJの2014年は終わってしまいますが、
同年のスラミー賞最優秀DIVAとしてAJが選ばれるのでした。
この時の受賞コメントで、翌年この賞を取るべき人物としてペイジと、当時NXTにいた選手達、
すなわち2017年現在、WWEのトップとなっている女子選手達の名前を挙げています。(公式より)↓

第7章は2015年。最後になります。

■第7章:Retired (2015年-)

3月頃復帰。その頃のDIVA王座戦線ペイジベラ・ツインズの戦いとなっていました。
ベラとの遺恨もあったAJペイジの援軍として戦線に復帰します。

そしてレッスルマニアにてペイジとタッグを結成し、ベラ・ツインズと戦い勝利します。
試合後、ペイジと抱き合い何か言葉をかわしたのが印象的でした。
今、気づいたのですがAJのTシャツの背中にNXTのプリントが加えられていますね。。

AJ Lee and Paige vs. The Bella Twins: photos(公式ページの写真集です)

WM翌日、2015年3月30日のRAW
旧NXT時代の同期でもあるナオミNXTから上がってきて自身が面倒を見たであろうペイジと組み、
ベラ・ツインズ&ナタリアという、TOTAL DIVAS組と6人タッグを行います。
その時にAJはまだNXTにいてWWEに上がっていないベイリーのTシャツを着て試合をしました。
そして試合後、ナオミと抱き合います。AJペイジがコーナーで勝ち名乗りを上げている時に、
中央のナオミの目には涙が・・・(公式より)↓

そう、これがAJの事実上のWWEラストマッチとなるのでした。

そして2015年4月3日、WWEより引退発表があったのでした。
AJ Lee retires from WWE (情報元:WWE.com)

また、その翌日にCMパンクが以下のツイートを、
その2日後にAJ本人が以下のツイートをしております。

意訳するとこんな感じでしょうか。
「ルールに縛られずに、常に戦って。
そうやって貴方達の思うままにやり通すだけの勇気があれば、
どんな夢も叶うから。みんなありがとう」

普通、これまでだとWWEを退団する時はWWEReleaseと表記してアナウンスを出しますが、
この時はRetire。どういう事かな~と思っていました。
契約満了の退団じゃないのかな~。何かあったのかな~なんて思っていました。
なにせCMパンクの件もあったので、ゴシップサイトでも色んな噂が出ていた記憶があります。

でも、正直そういうのは個人的にどうでもよくて。
WWEが公式に引退を発表をする数日前のWMでのペイジとのマイクを通さない会話。
そしてRAWでのナオミの涙。これが全てを物語っていたのではないでしょうか。

AJは自分が信じれる仲間にはWWEを辞める事を告げていたのではないか?と。
そしてWWEはそれを汲み取り、このような試合を組んだのではないか?と。

そう思う事にしました。

その後、HHHの奥様かつオーナー:ビンスの娘さんでもあるステファニーは、
7月頃にDIVA革命(後のWomens Revolution)と称し、
NXTからシャーロットサーシャ・バンクスベッキー・リンチを昇格させ、
DIVA戦線を活性化、女子プロレス色を前面に押し出すのに一役買う事になるのです。

そして翌年2016年のWMDIVA王座からWWE女子王座とモデルチェンジ。
女子選手達も自らをDIVAとは呼ばずSuperStar、もしくはWomen Wrestlerと呼ぶようになり、
更には女子の試合が番組やビッグマッチのメインを飾る事も珍しくなくなりました。

つまりは、この時期から明確に男性と同列で競い合うようになりつつあり、
一層厳しい戦いが彼女達を待ち受けている、という事なのかもしれません。

■最後に

以上、AJ(とケイトリン)は歴史に埋もれがちですが、きっと現在の女子戦線に大きな足跡を残したのでしょう。

近年、前述のシャーロット達に加えてアレクサ・ブリスナイア・ジャックスなど、
どんどん新しい有望な選手が出てきており、正直AJ達がいなくとも女子戦線はメチャクチャ面白いです。

しかし、この記事を書くにあたり、
AJのキャリアを振り返ったり、関連動画をWWE公式から探したりしましたが、
やはり思いました。AJに敵う人は私の中ではまだいません。Best Diva In The Worldなのです。

・・・たらればは言いたくないですが、
「AJがあと数ヶ月辞めるのを待ってくれたらな~・・・」と思います。

CMパンクの時にも書きましたが。

たぶん、AJよりもフィジカルで勝っている選手、
技術面で勝っている選手、身体能力が優れている選手、
たくさんいるでしょう。そういう事じゃないんです。

演技、と言ったらアレかもしれませんが、
表情の移り変わりやトークの緩急、全身から発せられるエネルギー。
そして試合の技術、技の多彩さ、試合における緩急。
全部なんですよね。全部抜きん出ているように見えてしまいました。

そして実際に番組の主人公であり続け毎週のように出続け、
グッズ売り上げでもDIVAでは最多種類のグッズを出していました。
それはつまりAJのグッズは売れる、という証拠だと思っていて、
会社への貢献も多大なるものだったでしょう。

彼女こそTOTAL DIVAと呼べる存在だったのではないでしょうか。

2017年9月時点、個人的に思い入れの強い以下の2選手をご紹介して当記事を終わりたいと思います。
長文にかかわらずありがとうございました!

・欠場期間が長いがまだまだ若く(1992年生まれ、現時点でまだ25歳!)、
なにより前述のAJと関わった者として思い入れが強い選手

Paige(ペイジ)

・最も現在期待しまくってて、一番楽しませてもらっている選手

Alexa Bliss(アレクサ・ブリス)

 

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