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好きなプロレスラーの話です。

CM PUNK(CMパンク)

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今回は2013年6月~2014年1月です。
最終回ですね。

この期間は振り返ると、彼の苦悩というか。
実際にダメージの蓄積や負傷を抱えながら、
メインクラスではないですが必死にストーリーを盛り上げ、
対戦相手を引き立たせる姿が印象的です。
2013年末にはワイアット・ファミリーとの戦い、
SHIELDの3人とのシングルマッチや1対3ハンディキャップマッチなど
彼等をトップへと押し上げるべく懸命に戦い抜きます。

それは、WWEへの蓄積された不信感とも、
プロレスへの情熱を失いそうな自分とも戦っているようで、
表情もとてもしんどそうに見えました。
燃え尽きる寸前の蒼白い炎のような。

もちろん当時リアルタイムでは何も知らなかったので、
しんどそうだな…大丈夫かな…と心配しながら見ていました。

というように、特にこの期間は私の思い入れが強く、
イタいほどの想像力を発揮すると思いますのでご了承ください。

■2013年
6月に復帰しジェリコと戦います。
レッスルマニアで痛めた足首は完治していないようで、
時折足を引きずり気味なのが気になっていました。

その後はブロック・レズナーと戦います。
サマースラムでの一騎打ちはレズナーのベストバウトじゃないかと思うほどでした。
この時も足首が悪そうでしたし表情もかなりしんどそうでした。
試合後、リングから降りる際、コーナーターンバックルを蹴飛ばします。
負けた悔しさなのか、と当時思っていましたが…

きっともうモチベーションを保つのが難しくなっていたんじゃないでしょうか。
カリスマ性、スター性もありファンの支持も高く、グッズなども売れていて、
それでもなかなか会社に認めてもらえず、2011年に一世一代の博打をし、
その結果初めてトップとのシングルマッチを制した形でシングル王座を取り、
最多保持日数の記録を打ち立て、実力も会社に認めさせたと思っていたのに、
常時参戦していない、いわばゲスト扱いのロックに主役の座を奪われ、
その後もジェリコやアンダーテイカー、レズナーなど
ゲスト扱いの選手の相手をさせられベルト戦線に絡めない。

キャリアを懸けてこじ開けた扉をあっさり簡単に閉められたような。
ジョン・シナなどトップに相応しく連日命を張っているような人に
閉められるならまだしも、たまにしか出てこないような、
更には過去の名前だけで飯を食っているような人に閉められるのですから。
毎日頑張っている側からしたらたまったものではないでしょう。

レズナーとの戦いを終えた後、
年末の時期にはワイアット・ファミリー、SHIELDという、
今後の未来を担う選手と戦います。
過去NEXUS時代に自身が最後まで面倒を見てやれず、
2軍に落とされてしまったハリスがブレイ・ワイアットとして再生し
自分の前に立ちはだかった時はどんな思いだったのでしょうね。

SHIELDの3人とはそれぞれシングルマッチを行います。
アンブローズとは2回行いました。
特にこの2試合はこれぞプロレスというような、
クラシックスタイルの試合でした。

SHIELDの3人との関係性としては、彼等がNXTにいた時にも、
パンクは当時WWEチャンピオンでしたがNXTに登場し、
セスとタッグを組んだりなど目をかけていたように感じました。
そして前述のDVDにもアンブローズがまだブレイクする前に、
バックステージの廊下でパンクと立ち話をしているシーンが映されています。

■2014年
年明け早々にHHH率いるオーソリティとの戦いに突入します。

その彼等の嫌がらせによって
ロイヤルランブル戦、1番目にさせられてしまいます。
最後の方まで残ったと思いますが
既に失格させられていたオーソリティメンバーのケインによって、
パンク自身も敗退させられてしまいランブル戦優勝
→レッスルマニアでの王座挑戦は叶いませんでした。
ランブル戦に優勝したのは、これまた突如ゲスト参戦してきたバティスタでした。

そしてこの翌日の1月27日にパンクは突然WWEを辞めると言い、
生放送を控えていたRAWにも登場せずに会場を後にしてしまいます。
その日に彼がツイートしたのがこの内容です。


以降パンクはWWEに登場することはありませんでした。
誰からの公式発表もないまま約半年後、2014年7月にWWEオフィシャルから
パンクの名前が消えました。そして同年末頃にUFCと契約したと報じられました。

今後は1月から4月までの所謂レッスルマニアシーズンや、
サマースラム、サバイバーシリーズなどのビッグPPVの時期にも、
パートタイマーが大量に出てくるようになっていきます。
そしてベルト戦線にも絡むようになっていきます。

それは90年代後半から2000年代前半にかけて、
ドーム大会を満員にするために小川直也や藤田和之など、
ビッグマッチ専任の選手をメインクラスに使いベルトを取らせ、
土下座外交と揶揄され、それでも客足が伸びずに地に堕ちていった
暗黒期の新日本プロレスを見るようです。

彼等はWWEの未来の為に何かをもたらしているのでしょうか?
視聴率や集客面において貢献しているのでしょうか?
わかりませんが、私の友達でこの路線に嫌気がさし、
JスポーツのWWEを観るのをやめてしまった奴もいます。

パンクはきっとそんな現状に気持ちの糸が切れてしまったのではないでしょうか?
糸が切れそうなギリギリの状態で2013年を戦い抜いたような気がしてなりません。
2014年のレッスルマニアに自身の望みを託しながら…

おそらくですが、パンクはロイヤルランブルで優勝し、
レッスルマニアで当時オートンかシナの持つWWE世界王座へ挑戦する流れ、
あるいは挑戦してWWE世界王座を取る流れだったのではないでしょうか。
それがバティスタの参戦によって流れが変わってしまう事によって、
糸が完全に切れてしまったのではないでしょうか。
そしてパンクのこの行動が会社を、ファンを動かし、
レッスルマニアでのブライアンWWE世界王座戴冠
という奇跡を起こしたのではないでしょうか。

結局それからも相変わらずパートタイマー優遇の時代は続いていきますが…

パンク自身はAJリーと結婚しUFCへ挑戦するなど、
もう既に新しい人生を歩み始めています。

私も最初はWWEのスターでいてほしかったと思っていました。
でも私はWWEのCMパンクだけが好きなのではない、
CMパンクという人そのものが好きなんだと。
だったら彼がどういう道を進もうと応援していこう。

そんな風に思うようになりました。

CMパンクが私にとって
尊敬する人であるのは変わらないのですから。

最後に
パンクとAJがRAW GMとして復帰し、
HHHやステファニーをコケにしまくる展開が観たい!
という妄想をしながら終わりたいと思います。
ありがとうございました。

 

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