こんにちは。
自己紹介文はこちらから
ご覧いただけたら幸いです。

3月になりました。
2017年も2ヶ月があっという間に過ぎてしまいました。
昨年の今頃がなんだか遠い過去のように思えます。

幼少時代を振り返ろうと思います。

私は生まれは西日本、近畿地方です。
6歳、幼稚園を出るまでをそこで過ごしました。

周りは山に囲まれていた印象で、
近くの山に勝手に登って帰ってこなかったり、
幼稚園の初日だかも飽きたのか途中で勝手に家に帰ったりなど、
だいぶ自由というかリアル・ネイチャー・ボーイというか。

家族の仕事の影響で東京に引っ越す事になったわけですが、
餞別というか、隣の家の人が生きたエビを持ってきてくれて。
タッパーの中でうごめいているのを見てエビが嫌いになりました。

ちなみに初恋はその時の幼稚園の先生だったと思います。
オクムラ先生。途中でミヨシ先生に名字が変わったのが意味がわからなくて(笑)
卒園式の時に母親に頼んだのか気を利かせてくれたのか、
一緒にツーショット写真を撮ってもらったのは覚えています。

小学校からは東京です。
1年生の時の担任はいい先生だったのでしょうね。
授業というよりは一緒に遊んでくれたり、
道徳の時間にアニメを見せてくれたりなど覚えています。
私の方言も特に矯正しようとしなかったような気がします。
ただ、それでいじめられましたけどね…それはしょうがない事だったのでしょう。
泣き虫だったので面白がられていじめられました。
「あいつすぐ泣くぜ?」「ほら泣いた~!」みたいな。
授業中後ろから髪の毛をひっぱられたり叩かれたりなどはしょっちゅうでした。
今思えばなんでやり返さなかったのか、とは正直思いますが、
当時は何もできませんでしたね。やられるがままでした。

当時は小学校1~2年、3~4年、5~6年と。
2年区切りで同じ生徒、同じ担任という感じだったのが、
なぜか2年生の時に担任だけ変わりました。
この時も変わらずいじめられていました。
が、確かこの時にいつぞやの投降で触れたかもしれませんが、
近所の1歳下の子達とよく遊ぶようになりました。
学校でいじめられすぎて、心を開ける友達が同年代にいなくて。
この1年後くらいにそのしっぺ返しを食らう事になるのですが、
本当に申し訳ない事をしたなと思います。
いじめられていて、そいつらにやり返すのならまだしも、
違う子で鬱憤を晴らすかのようにいじめ返すのは最低でした。

3~4年になると、クラスと担任が変わります。
この時はあまり嫌な思い出はありません。…いい思い出もないですが。
前述しましたが、この時に1歳下の近所の子に対して、
だんだん当たりが強くなっていったのを覚えています。
簡単に言うと威張るようになっていました。本当最低でした。
その子達の親に叱られて、それ以降その子達と会う事はしなくなりました。

この時にはじめて自分が嫌になったような気がしています。
自分がされて嫌な事は人にはしない、というのを体で覚えたのでしょうか。

5~6年になってクラスと担任がまた変わり、
1~2年の時に一緒だったやつらとまた一緒になった事から、
再びいじめられるようになりました。バチが当たったのでしょうか。
そもそも私をいじめてた奴等にはバチは当たっていたのでしょうか。
そんな不公平感を少なからず思っていたような気がします。
「なんで俺ばっかり?」という気持ちですね。

水分を吸った水着やタオルが入った水泳バッグでフルスイングで殴られたり、
給食のお盆を私の後頭部にちょうど当たるような位置にわざと持って、
私の背後から歩いてきてお盆をぶつけてきたり。
避けたら避けたで違うやつが前から私の脚を思い切り踏んだり。
何もしていないのにホームルーム前、先生がいない時を見計らってか。
目の前にいきなり来て顔を往復で殴られた事もあります。グーで、です。

5年の時かに、修学旅行みたいな行事でどこかに泊まりに行った時も、
私が寝ているところを写真に取って皆の前で見せて笑いものにされたり。
写真じゃないか。絵で書いたかなにかかな。ちゃんと覚えてないですが。
口を開けて寝ていたか何かで、その後の遠足のバス内などでは、必ず言われました。
眠そうにしてたら指を差して笑いものにしてくるのです。
「ほら、またあの顔で寝るぜこいつ」みたいな感じで。
なんならその時の写真だか絵を持ち出してきてた記憶もあります。
今思い返せば「わざわざ持ってきたんか。暇なやつだな。アホか」
みたいな事ですがね。

だから6年の時にも修学旅行みたいな行事があったのですが、
本当に行くのが嫌でしたね。

当時は絵を書くのが好きだったみたいで、
創作でマンガを書いていた気がします。
キン肉マンとかの真似を書いていたのではなく
確か自分でキャラを考えて書いていました。
もちろん当時好きだったキン肉マンやキャプテン翼、
北斗の拳などは似顔絵は書きまくっていました。
でも、それもいじめられる事につながるので、
それが原因で辞めてしまったと思います。
とにかくあの頃は何かやろうとするといじめられるし、
何もしていなくてもいじめられていました。
だからか、外で遊ばなくなりファミコンばかりやってた気がします。
もう誰も信じられなかったし誰とも会いたくなかったです。
だから新しいゲームソフトを買った時だけ、
顔色変えて家に遊びに来ようとする奴も内心では軽蔑していました。
でも態度に出すといじめられるからヘラヘラしていましたが。

以降の中学時代も含めたこの時期に感じた事は
その後も心の中に根深く残っていて時折顔を出していたような気が、
今思えばします。

死にたいと思った事はないですね。
ただ、とにかく終わってほしかったです。
1年生なら1年生が。5年生なら5年生が。小学校なら卒業したかった。
こいつらさえいなくなればいじめられなくなる、と。
※ドラえもんの道具で「どくさいスイッチ」というのがあるのですが、
消したい人間の前でボタンを押すとそいつが消えるスイッチ
本気で欲しいと思っていましたね。どこでもドアよりも、です。

でも結局は自分が変わらなければいけなかったんですよね。
ただ当時はその事に正しく気づく事ができず、
無関係の子をいじめたりとか、間違った方へ行ってしまいました。

 

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