こんにちは。
自己紹介文はこちらから
ご覧いただけたら幸いです。

去年の今頃どうしていたかな、と。

このブログを書いたのが2017年5月14日。
なので1年前の2016年5月14日前後。

この日付を見ただけでちょっとザワッとします。MAXで辛かった時ですから。
このように「あの頃がMAXで辛かった」と振り返れる事。
それだけでも少しは前進しているな、と感じます。

PCのデスクトップに当時の思いを書きなぐったテキストファイルを見つけました。

内容を抜粋します。

————–
■2016年4月19日(火)
藁にもすがる思いで産業医面談を受ける。
少なくとも睡眠障害と言われ、自宅の近場のメンタルクリニックを紹介してくれるとの事。

■2016年4月26日(火)
紹介を受けたメンタルクリニックへ。
前述の症状と診察を受けに来た経緯、
産業医面談で少なくとも睡眠障害だと言われた事を伝える。
導眠剤であるブロチゾラムと気分を穏やかにする効果のバルブロ酸ナトリウムを処方される。

■GW~5月8日(日)
出社している従業員から問い合わせのチャットが連日来るので、
仕事してるのとさして変わらない状況の中薬を飲むが改善なし。
それどころか心臓に違和感を覚え飲むのが怖くなる。

→(注)この5/8の夜、初めて親に現状を話したのを覚えています。
いよいよ1人で抱え込むのは無理だ、と思ったのでしょう。

■2016年5月9日(月)
GW明けで本来出勤だが前述の状態が続き休みをもらう。
上司とは都度会話を行い、休職という選択肢を提案される。
※原因がわからない為、社内では早急な対策ができない事、
ただ貴方が疲弊していくのを見ているだけ、というわけにはいかないと言われた。

■2016年5月10日(火)
メンタルクリニックへ。
薬が効かない旨、眠れなすぎて会社へ行くどころではなく、
仕事に支障が出始め、上司と休職について会話した旨、仮に休職となる場合は、
どういう手続となるのか聞こうとしたが担当医は聞く耳を持ってくれず、
処方した導眠剤が効かないなら別の導眠剤を処方して様子を見ないと
休職は認められないと言う。この状態が少なくともまだ数週間続くのかと絶望。
前述のバルブロ酸ナトリウムと強めの導眠剤だというリスミーを処方される。
改善がないところか心臓に一層違和感。即飲むのをやめる。

■2016年5月12日(木)
上司に産業医が紹介した医者でなく自分で探した医者でもいいから、とアドバイスをもらう。

■2016年5月16日(月)
自分で探したメンタルクリニックへ。
経緯、症状を話す。うつ病だから診断書を書くから休職してくれと言われ、
診断書を発行してもらう。会社へ提出し5/16より正式に休職となる。
処方してもらった薬はドグマチールとレキソタンの2種類。
共に導眠剤ではなく不安や緊張を取り除いたり心身の調子を良くするもの。
導眠剤はやめて自然に寝れるようになるか様子見という方向となる。

→(注)
5/9~5/15までは欠勤扱いとしていました。
復職して迷惑かけた分を取り返す事しか考えていなかったので有給は使いませんでした。
ここの部分だけはめちゃくちゃ後悔しています。
だって結局復職できずに会社規定の休職期間満了で退職になるのですから…
しくじったなあ、使っておけばよかったなあ、、、と。

あと、処方された薬が効かなかった旨書きましたが、これは個人差があります。
私にとっては効かなかったというだけで、誰に対してもそうなわけではないです。
誤解を生むといけないので追記しました。

————–

以上、こんな感じです。

2016年、特に上半期の記憶はほとんど無いです。
記憶に蓋をしている感覚もなく、本当に何も。
うつ病関連の本やネット記事を見てて「色がない」「感情がない」
「なにもかも灰色に見える」などの表現を見受けますが、本当にそんな感じです。

本当に自殺しないでよかった・・・と安堵です。
物騒な言い方ですが自殺するチャンスなんて腐るほど周りに落ちてましたから。
でも自殺してたら2017年1.4のレッスルキングダムは観れなかった。
あれを観て涙を流し「生きてこれを観れてよかった」と心底思えたあの日があるから、
今もこうやって当時を振り返ったり今を生きたり先の事を考えたりできるのです。

プロレスに、新日本プロレスに感謝です。最後はプロレスの話になってしまいました(笑)

それでは失礼します。

 

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